三十分で読める、エスプリが効いた短編小説とは
- 2016/7/4
あわただしくすぎていく毎日の中で、落ち着いて、読書をする時間を確保するのは難しいのが現実。たとえば読みかけて、すぐに電話が鳴り、やむえなく中断してしまい、前に読んだはずの箇所までのあらすじや登場人物の名前がなかなか思い出せない……といったこともしばしば。
そんな、もどかしい思いをしてまで本なんか……と投げだす前に読み終わってしまう、そんなおすすめの短編小説を紹介しましょう。
浅田次郎「ラブ・レター」
浅田次郎の短編小説集『鉄道員』(講談社文庫)に収録されている、異色の作品です。
歌舞伎町の裏ビデオ店の店長をしていた、「吾郎」のもとに、妻「白蘭」の死亡通知が届くところからはじまります。たしかに、「白蘭」は戸籍上では妻ですが、金銭のための偽装結婚であり、ふたりには、面識はありません。しかし、遺体となってから妻とはじめて会い、その手紙を読み、「吾郎」は、自分でも不思議な、言葉にならない感情で胸がいっぱいになりました。
不純な動機ではじまった結婚が、これ以上ないほどの純粋で透明な愛で終わる稀有な小説です。
宮尾登美子「彫り物」
『菊籬』(文春文庫)の冒頭の短編です。
毛深くて地黒のため、男運に恵まれない芸者が、みずからの肌に「刺青」を彫る快楽を覚えて、彫物の魅力と同時に、その彫り師の男ぶりにのめりこんでいくというストーリーですが、職人との対話やモノローグを通して、このお姐さんの、幸せとは呼びがたい半生と、あっぱれな心意気が伝わってきます。
これまでの人生でことごとく味わってきたであろう「コンプレックス」が作り上げた、「プライド」の結晶こそが刺青。そこまで情熱をそそいでいるにもかかわらず、結末は何とも皮肉なものでした。
女流作家らしい、醒めたまなざしと、大どんでん返しは読み返すほど迫力があり、そして他人事とはおもえません。
ギ・ド・モーパッサン「首飾り」
『モーパッサン短編集(二)』(青柳瑞穂訳 新潮文庫)に掲載されている名短編です。
質素な暮らしをする小役人の妻「マティルド・ロワゼル」は、ある日、見分不相応なゴージャスなパーティーに招待されます。ところが、ふさわしい装飾品をもっておらず、夫の友人である「フォレスチエ」夫人から、ダイヤモンドの輝く首飾りを借りました。しかし、パーティーが終わり、首飾りを紛失してしまったことに気がつきます。夫妻は借金をして、例の首飾りと寸分たがわぬ品を手に入れて返しました。十年間、借金返済のため、なりふりかまわず働き、すっかりやつれてしまった「マティルド・ロワゼル」は、ある日、夫人と再開。これまでのいきさつを打ち明けると「あのネックレスは模造品の安物だった」と告げられたのです。
寓話のようでもあり、「本物とは」「幸せとは何か」を考えさせられる、切り口の鋭い話。
「長編」にくらべて、テーマのあざやかさと構成力をとわれる「短編」は、作家の腕の見せ所でもあります。
あっと驚く結末や、人間本来の「おかしみ」や「こっけいさ」が表現されている作品が多く、エスプリがきいているので、長い小説では味わえない読後感をお楽しみくださいませ。