ようこそ珈琲道へ ~サスティビナルコーヒーについて~
- 2016/7/6
美味しいのはもちろんのこと、美容や健康にもよいコーヒーですが、さらに、人にも環境にもよいコーヒーがあるとご存知でしたか?
サスティナビリティー(持続可能性)
Sustainabilityという言葉が注目され始めたのはおよそ25年前、国連の“環境と開発に関する世界委員会”の報告書の中にあった~私たちの共有の未来~という概念がきっかけとなりました。
それまでの一方向だけの経済活動ではなく地球環境と未来に生きる全ての人々の社会生活のレベルが維持できる経済活動が必要である。という提言でした。
そこから、サスティナビリティーに配慮したコーヒーのことをSustainable coffee サスティナブルコーヒーと呼ぶようになったのです。
多岐にわたるアプローチ
コーヒー豆生産国の多くが、発展途上国である現状の中日本を含むコーヒー消費国は多岐にわたるアプローチをしてきました。
例えば
- 生産地域の自然環境の保護や再生
- 減農薬や無農薬の推進
- 生産者の収入の安定化
- トランスバレンシー(お金の流れの透明性)
- 農園労働者の人権保護、生活環境の改善
- トレーサビリティー(生産履歴)の確保
などに取り組んでいます。
どんな問題点があったの?それはどうして起こったの?
国際商品として定着しているコーヒーですが、だからこそその問題は地球規模の取り組み課題となっています。
これまでの問題点としては
需給のバランスにより価格が乱高下しやすい傾向にありました。
原因としては農作物であるため、霜害やハリケーンなどの自然災害が原因の不作による価格暴騰とその後の生産国の無計画な増産による暴落。
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この状況を長年にわたり何回もくり返してきたのがコーヒー産業の実態でした。
そして20世紀後半
かつて経験したことのない価格暴騰が起こりました。
コーヒー豆が国際商品であるゆえに、マネーゲームの対象となってしまったのです。
実体のない価格上昇で、現在の三倍近い高値になってしまいました。
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生産国では環境破壊も顧みず増産体制に入りました。
そして、暴騰前にかわしていた消費国の業者との契約を破棄し、より高値で買う業者に売るようになります。
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その結果、日本を含む消費国のコーヒー業者はアンサスティナブル(持続不可能)な状況に陥りました。
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生産国側にも痛手がまわってきたのが2001年。新たに増植したコーヒーの樹が三年後に最初の収穫を迎えた頃、¥供給過多による価格の大暴落が起こりました。
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生産農家の多数がアンサスティナブルな状態となり、農園の多くが手放されます。また、コーヒーの樹もシェードツリーと呼ばれる日陰を作る樹木達も、根こそぎ処分され、牛が放牧されるようになります。こうして環境破壊がはじまりました。
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こうして価格の乱高下は結局、生産国にとっても消費国にとってもよい事は生まれない上に、環境は破壊され、農園労働者たち(またその家族たち)の人権も脅かされる。ということを経験したのです。
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生産国、消費国、どちらが悪いということではなく、生産者が環境や人権、収入の安定を守りながら、安心してコーヒーを栽培できること。それらを、品質のプラスαとして付加価値を認め、正当な対価を払うことを徹底していきます。
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こうして私たち消費者が安心、安全に美味しいコーヒーを飲み続けていくことができる環境づくり。労働者、消費者、双方が配慮し合ったコーヒーをサスティナブルコーヒーといいます。また、このような問題は、カカオをはじめとした他の農作物でもおこりうる現象でもあります。
こうした現状を、防いだり改善したりする考え方や活動をサスティナブルと呼ぶようになりました。
日本で暮らす私たちが日頃から取り組めることはありますか?
日本では、欧米などに比べると企業や個人の社会貢献への意識がまだまだ低いと指摘されますが、意識が低いのではなく(関心は高いといえます)もしかしたら社会貢献という言葉が重すぎて、深刻に考えすぎてしまう気風があるのかも知れません。
安全で美味しいコーヒーをずっと飲み続けたい。そのために日頃飲むコーヒーをサスティナブルコーヒーに変えてみる。
実はそんな小さな行動こそが社会への貢献となっているのです。
一口含んで、ホッとしたり、美味しい、とでる笑顔が、カップの向こう側の人々をも笑顔にしているという実感は、我さきにと競った時代を経て、思いやりを贈り、また受け取る。という、人類の幸福へのあり方が前進した証でもあるでしょう。
いかがでしたか?
日頃、私たちの身近にあるコーヒーが地球規模の環境問題や経済現象、人権保護などといった人道問題にもつながっているという一例でした。
最後に、コーヒーの樹はカカオと同じで日陰で育つ稀有な樹木です。育てるために森林伐採の必要がなく、しかも換金可能な果実をつけます。森を再生しながら収入を得られるという自然と人とが共生するための頼もしいパートナーともいえますね。